3月31日配信 毎日新聞
◇過失に厳しい日本社会 「権利」理解してもらう必要
広島県三次市で開業する弁護士の溝手康史さん(54)は、93年にヒマラヤの高峰アクタシ(標高7016メートル)に初登頂するなど、クライマーとしても活躍しており、遭難事故と法律の関係を解説した「登山の法律学」(東京新聞出版局)も出版している。 山岳遭難の時に起きがちな「迷惑だ」「自己責任なのに助ける必要があるのか」といった非難について、溝手さんはこう解説する。「危険にひんした人を助けるのは国家の義務で、万国共通の理念。救助が出たから迷惑だという論理は法的には成り立たない。事故は好ましいことではないが、冷静に考えるべきです」 ただ、法律の世界にも「日本社会の価値観」は反映されていると溝手さんは言う。「世界の中でも日本は過失に厳しい国ですね。例えば米国には過失犯を処罰する法律のない州もある。しかし、日本では事故が起きると追及の矛先が当事者に集中する。寛容さが少ないとも言えます」 日本人の冒険に対する評価も、欧米とは違うと溝手さんは指摘する。「ヨットで太平洋の単独横断に成功した堀江謙一さんは出航時、国内では厳しく批判されたが、ゴールした米国では英雄視された。日本より冒険やチャレンジ精神への評価が高いのです」 一方、クライマーと地元住民の摩擦である「アクセス問題」については、別の観点も考えられるという。 米国には、自然を国民共通の財産とする「公共信託」という考え方がある。北欧や英国では、国民が自然を利用する権利(万民利用権)が認められ、私有地でも所有者は一定の制限を受ける。 日本国内では、私有地でのクライミングは所有者が禁止すれば続けるのは難しい。溝手さんは「競技の発展のためには、クライミングする『権利』を理解してもらう必要がある」と訴える。 ただ、こうした考え方はまだ浸透していない。 「競技としての社会的認知度が低いため、国民も寛容でない。何かのきっかけや時間が必要です。まずは、クライマー個人がマナーを守り、地元の人に理解してもらう必要があるでしょう」 人気の高まるクライミングだが、国内でも毎年死者が出ている。日本フリークライミング協会は、「最悪の結果」を受け入れられない人は競技をしないよう呼びかけている。 同協会理事の室井登喜男さん(36)=韮崎市=は「『危険なことはしない』のではなく、自身の選択のリスクを認識して取り組み、その結果は受け入れるという原則は、社会人なら誰もが持っていなくてはならないと思います」と話す。 クライミング人気の普及は、新たな価値観を生み出す可能性を秘めているのかもしれない。【中西啓介】=おわり
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